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体育会の本質、 『 國學院大學体育連合会硬式野球部 』 [常時の静事(考える話)]

捕手として昨季までのプロ入り7年間でベストナイン、ゴールデングラブ賞にそれぞれ2度輝き、今年11月に行われる日米野球で侍ジャパン代表に選出されている嶋基宏(東北楽天ゴールデンイーグルス)が、キャッチャーマスクをかぶり始めたのは國學院大學進学後のことだった。

「先で伸びるような指導をしてあげよう」

口癖のようにそう繰り返していたのが、嶋の大学時代の監督であり、現在は同大野球部の総監督を務める竹田利秋だ。竹田は東北高校や仙台育英高校で佐々木主浩(元横浜ベイスターズ)、斎藤隆(楽天)らを育て、甲子園に通算27度出場して名を馳せた。1996年、新天地を求めたのが東都リーグ2部で母校の國學院大學野球部だった。

國學院大學は東都2部で低迷した時期が長く、大学球界でさしたる成績を残してきたわけではないが、一方で過去15年間、人材育成で注目すべき成果を挙げている。渡辺俊介(ロッテ→アメリカ独立リーグ)や嶋、聖澤諒(楽天)、矢野謙次(読売ジャイアンツ)など、プロ入り後に伸び、長く活躍できる選手を輩出しているのだ。昨年は杉浦稔大が東京ヤクルトスワローズにドラフト1位で指名されている。

2010年秋、竹田から監督のバトンを引き継いだ鳥山泰孝は、ついに悲願をかなえた。大学球界最高峰の実力を誇る東都大学リーグで、加盟80年にしてようやく初優勝を達成したのだ。國學院大學の巧みなブランド戦略が結実した瞬間だった。

「15年くらいかけて、大学として戦う体制が徐々に整ってきました」

選手として國學院大學では東都2部でプレーし、修徳高校野球部監督を経て母校の指揮官に就任した鳥山が続ける。

「総監督の時代から土台作りをして、スポーツ推薦や授業のサポートなど大学の体制も落ち着いて、トレーニングコーチも大学が契約してくれて、メディカル面でも病院の先生がサポートでしょっちゅうメンテナンスに来てくれて。あらゆる面で戦う体制が整って、現場の選手たちも精神的に戦える状態になってきました」
大学球界や甲子園で本気でトップを目指そうと思ったら、アマチュアと言えども莫大な費用がかかる。グラウンドやトレーニング場など設備面はもちろん、選手が寝泊まりする合宿所の経費、指導者やトレーナーの人件費も必要だ。

だがカネをかければ強くなるかと言えば、そうではない。組織として成長を遂げ、大学の名を売っていくには、何より人材育成における信念が重要になる。




“心技体”の土台づくり

2014年春、國學院大學を象徴するような投手がさっそうと登場した。田中大輝、22歳の左腕だ。初めてマウンドを踏んだ東都1部の舞台では、キレのあるストレートとスライダー、新たに覚えたツーシームを武器に4勝を挙げてベストナインに選出され、侍ジャパン大学代表にも選ばれた。秋のリーグ戦を前に、一躍、ドラフト候補と視線を注がれる存在になっている。

熊本県の必由館高校時代から身長182cmの大型投手と注目されてきた田中だが、國學院大學に入学してからの3年間、リーグ戦でマウンドに立った機会は1度しかない。チームが東都2部で戦っていた2年時春、すでに優勝が決まっていた最終戦で3分の1回だけチャンスを与えられた。しかし3年春を前に左ヒジを痛め、夏の期間をリハビリに充てる。秋に投球練習を再開させたが、登板機会は巡ってこなかった。

ドラフト候補と呼ばれるような素材が、なぜ3年間、1度も実戦の機会に立てなかったのか。鳥山監督が説明する。

「体力、ストレートと変化球の能力、コントロールという基礎的な力をつけるのに時間がかかったので、使えませんでした。心技体の土台作りに3年かかったため、1部デビューが4年春になったということです」

國學院大學には、「先で伸びる人材」を輩出するための独自システムがある。竹田が監督時代に導入し、現在も引き継がれているものだ。田中が過去3年間マウンドに立てず、4年春にデビューが遅れた理由はここにある。


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スポーツの世界では「心技体」の解釈に、組織や指導者の育成哲学が表れるが、國學院大學では2つの考え方がある。ひとつ目は、3要素の位置づけだ。もうひとつが、3要素を支える「土台」があるという構図。

鳥山が説明する。

「人を支えているものは心であり、体である。でも、心と体の順番が逆ではダメ。心がまだできていないのに体はでき、技術論ばかりに走ると、ちょっとスランプになったとき、心が安定していないからガタガタ崩れるわけです。だから、心の面をちゃんとやっていかないといけない。もうひとつは、3つの要素のバランスを支えている土台がしっかりしている必要がある。このバランスが崩れてはダメだと思います」

心体技を支える土台とは、「心=考え方、プラス思考」「体=体力、下半身の強化、体幹、柔軟性」「技=キャッチボール、打撃の右打ち、走塁の基本」などだ。土台ができていないうちに小手先の能力だけで実戦の場に立つと、小さなほころびが大きなほつれになる可能性がある。

田中は3年間かけて体と心の土台を作り、技術面ではストレートとスライダーのキレを磨いた。「緩い変化球とかで、初めから打たせて取ることを考えるような小手先ではやりたくなかった」。そうして地道にストレートとスライダーをレベルアップさせ、4年開幕前にツーシームを覚えたことが飛躍につながった。



目先の結果を優先しない

一方、2年秋、3年春と過去2シーズン続けてショートのベストナインに選ばれた3年生の柴田竜拓は、入学1年目、チームのノックの輪に入れてもらえなかった。岡山理科大学附属高校時代から「抜群の守備センス」と注目を集めたものの、鳥山の目には「基礎力がまだない」と映ったからだ。

守備の基礎を具体的に言えば、グラブさばき、足の使い方などが挙げられるが、鳥山流では「基礎がなければ波長が合わない」となる。

「柴田は1年の頃からいいものを持っていましたが、何かあると心が揺らいだり、うまいプレーもあるけど、つまらないミスもするという選手でした。基礎ができていないと、チームとしての波長が合いません。連携プレーができないし、いくら単品の能力がすごくても、チームプレーになっていかない。基礎力とセンスは一直線上にあるもの。柴田はもともと持っていたセンスに基礎力をつけたから、よほどのことがなければ揺らぐことはないでしょうね」

個別練習で守備の土台を鍛えられた柴田は、2年時春季リーグ途中からショートの定位置をつかみ、秋には打撃センスも開眼した。「野球はすべて下半身。守備で鍛えたのがバッティングに自然とつながっているのかなというのはありますね」。この春には侍ジャパン大学代表に入り、7月のオランダ遠征では全試合で起用されるまでに成長した。

「焦るな。慌てるな。あきらめるな」。
鳥山は田中、柴田にそう繰り返した。2人は将来、プロで活躍することを見据えて國學院大學の門をたたき、着実に目指す場所に近づいている。大学は人生の通過点。だから指導者は目先の結果より、優先しなければならないものがある。

鳥山が言う。

「うちには、『なんで俺を使わねえんだ』っていう選手はいません。そう思わせるようには持っていかないですよね。こないだも言いましたが、『仮に人としての土台を作らず、大学でレギュラーを獲って、野球から離れたときに、お前のわがままに社会は合わせてくれないよ』って。そういうことに対応できるのが土台なのです」

大学で野球をするのはわずか4年間。その先には各自の人生がある。指導者は卒業後にも責任を持つべきだと鳥山は考えている。

「國學院大學のルールは社会の縮図でなければダメなのです。大学のスポーツ界には独自のルールとか伝統があるけど、うちにはそんなものはいりません。何が常識かわからない、難しい時代になっていますが、いつの時代も変わらない、まっとうな原理原則があると思っているので。あきらめずにやるとか、困っている人がいたら助ける、とかね。10年後も100年後も変わらない、物事の本質のよさを突き詰めて、学年を上がらせていきます」

ブランドが光り輝くのは、身に付けている人が本質的な価値を持っている場合だ。ファストファッションで身を固めた女子大生がブランドのバッグや財布を持っていても、価値があるとされる小物はトータルバランスの中で浮いてしまう。

そしてブランド戦略で重要なのが、周囲にどんなイメージを抱かせるかだ。

13年の日本選手権で初優勝を飾った新日鐵住金かずさマジックの鈴木秀範は、國學院大學について「ちゃんとした教え方をしている」と話していた。「人間性が変わらないと、取り組み方が変わらないことを選手に理解させ、そういう教え方をしている」ということだ。

社会人チームとのパイプが太くなると同時に、鳥山によると近年、「国学院大に行けば基礎から鍛えてくれる」と進路に選ぶケースが増えている。国学院大は長らく東都2部に低迷していたが、プロや社会人で活躍し、本質的な人間力を持っている人材を輩出することでブランド力を高めていった。



ブランド力は人づくりから

そうして甲子園経験者が集まるようになり、彼らをきちんと育てることで結果を残していく。昨秋、今春と2シーズン連続で最後まで優勝を争い、今や他校から追われる存在となった。確かな中身があるからこそ、周囲に輝いて見えるブランドになったのだ。

だが鳥山は、「まだまだ新興です」と控えめに言う。

「ここから最低10年でしょうね。1部でプレーし続けて、何回優勝できるか。僕は小久保裕紀、井口資仁世代で、現役の頃は青山学院が強かった。でも50、60代の方は『俺たちの頃、青学は弱かった』と言うのです。当時の青学は東都の2部、3部にいました。でも、僕らにとっては強い青学。20年勝ち続けているから、そうなっているわけです」

栄枯盛衰はスポーツも一般社会も変わらない。筆者は高校生の頃、夏休みに代々木ゼミナールの人気講師の授業を受けに行った。「スター講師の授業が受験に役立つはず」と思ったのは、代ゼミのブランド力だろう。それを肌で知っているだけに、今回の大幅縮小には驚いた。

ブランドの人気は、それほど移り変わるものだ。勢いや戦略性だけで消費者の心を一時的につかんでも、本質を欠いていれば、いずれ見向きもされなくなる。だからこそ、幹が太く、長く茂っていられる人材を育てることが不可欠だ。そうした個々が組織の価値を高めていくのは、スポーツも企業も同じだろう。


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鳥山が言う。

「國學院大學の歴史として、『もっと卒業生がプロや社会人で活躍できるように』とつねに追求してやっています」

組織の価値形成は、まずは人づくりから始まる。それを地道に実践してきたから国学院大はブランド力を高め、結果を残し始めているのだ。

=敬称略=

コメント(2) 
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コメント 2

かえる

GEORGEさんこんばんは。
本当に考えさせられる話ですね。
実は、先週読んだ時から、時々思い出して考え続けているんです。
スポーツ選手の育成にはまったく縁がないのですが、会社での人材育成にも通じるものがありますね。
職務を遂行するためのスキルをつける前に、しっかりした土台が必要ということですね。
なんだか、すごくいいことを教えていただきました。
by かえる (2014-10-11 18:36) 

GEORGE

かえるさん こんばんは。
さすがのコメントです!!
完全・完璧に内容を読み取っていただけました!

この記事が出た時も嬉しかったのですが、かえるさんのコメントが
さらに嬉しいです。人間の育成は奥が深いですよね!

by GEORGE (2014-10-15 18:42) 

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